野村貞方(sadanori)の仕事 本文へジャンプ
PIAGET/VACHERON CONSTANTIN


1874年、ジョルジュ・エドワール・ピアジェはスイスのラ・コート・オ・フェに時計工房を設立。農家の一室で時計ムーブメントを製作、これを家業として定め有名時計ブランドなどの注文を受ける。やがて名声はヌーシャテル州のジュラ山脈いったいにひろがり工房も新段階を迎える。1911年から息子ティモテ・ピィアジェに引き継がれた、また孫のジェラルド・ピアジェとブァランタン・ピアジェによって1943年からムーブメントの製作会社から、ピアジェというブランド会社に発展させた。1945年にラ・コート・オ・フェに新工場を設立しエクストラフラット・ムーブメントの分野で画期的な製品の開発に乗り出した。

1755年ジュネーブで時計職人のジャン−マルク・ヴァシュロンが創業。その後1819年、3代目に当たるジャック・パルテレミーがフランソワ・コンスタンタンを共同経営者に迎えたのを機に、「ヴァシュロン・コンスタンタン」と改称。20世紀の初頭には、グランドコンプリケーションの第1号、パーペチュアルカレンダーを搭載したミニッツリピーター、ムーンフェイズなどを続々と発表。2005年「トゥール・ド・リル」を発表。トゥールビヨンを始めとした16もの複雑機構を搭載し、時計史上で最も複雑な一品として同社の技術力の高さを示した。